三重県桑名市の春の深まりと共に訪れる多度祭り。その中でもひときわ人々の心を揺さぶるのが上げ馬神事です。700年近く受け継がれるこの伝統行事は、ただ観るだけでなく、その歴史、文化的背景、騎手や馬たちの準備、現代での課題までを知ることで、より深い感動を得ることができます。崖を駆け上がる瞬間の緊張感や豊穣を祈る願いの込められた儀式の意味を、専門的視点で詳しく紐解いていきます。
多度祭り 歴史 上げ馬神事:起源と時代を超えた伝承
多度祭りの上げ馬神事は、南北朝時代の暦応年間(1338~1341年)に起源を持つと伝えられています。武家豪族と氏子たちが神への奉納として馬を使い、勾配の急な坂を馬で駆け上がらせたことが始まりです。これには地域の豊穣を願う農耕民の祈りが込められており、馬や騎手の勇姿が作物の豊凶を占う兆しとされたことが知られています。
しかしながら、この歴史は平坦ではありません。1571年に起こった戦乱により神社が焼失し、記録が散逸するなど一時の中断がありました。その後、徳川時代に桑名藩主によって神社と祭礼が復興され、御厨制度の確立と共に地域全体が祭りを支える構造となりました。信仰と社会制度が密接に結びついた伝統が形成されたのです。
南北朝時代の創始
暦応年間に多度祭りの上げ馬神事は始まったとされ、多度大社近辺の武家や氏子により神に馬を奉納する形で競技的要素を含んで発展しました。坂道や土壁を馬が上がるという儀式の形式は、当時の馬の力や騎手の技術を示す意図もあり、神聖な祭り行事としての位置を確立していったものです。
戦乱と中断の時代
1571年、織田信長の長島攻めの際に多度大社は焼き打ちに遭い、神殿や祭礼の記録が灰燼に帰しました。この影響で上げ馬神事も長期にわたり中断しています。その間の空白は地域の口承や記憶によってわずかに伝えられていましたが、詳細は不明な点が多く残っています。
復興と御厨制度の確立
戦乱後、徳川時代になると桑名藩主によって社殿が再建され、上げ馬神事も復興しました。御厨と呼ばれる特定の地区から氏子が組織を構成し、騎手や神児(ちご)を決める神占や青年会による準備など、地域社会の協力体制が整えられ、祭りの規模と格式が確立されたのです。
行われる内容と現代の形:多度祭り 歴史 上げ馬神事の構造と進行
例年、5月4日と5日に多度大社で行われる上げ馬神事は、多度祭りの中心行事のひとつです。急斜面を駆け上り、土壁や絶壁を飛び越える演技を騎手が行うことで知られます。騎手や神児の選定や準備、当日の進行には古式の儀礼や地域の慣習が色濃く残っています。
この神事は氏子地区が持ち回りで「花馬地区」を務め、その区の青年が中心となって進めます。坂の勾配や絶壁の高さ、使用される馬の種類、服装や準備の期間まで、伝統を重んじつつ安全性や馬の健康にも配慮した取り組みが増えてきています。観光客も年々増え、祭り当日は混雑が予想されますが、その緊張感と地域の熱気が魅力です。
騎手と神児の選定と準備
騎手(のりこ)は15歳から20歳までの青年から、神児は6~8歳の男児から選ばれます。選定は神占という伝統的儀式によって行われます。また、祭りへの準備は1か月以上前から始まり、騎手は馬とともに稽古を重ね、地区青年会や役員は当日の運営や安全対策を整えます。
競走のルールと坂・絶壁の特性
出場する騎手は御厨と呼ばれる6地区から選ばれた馬を用い、この馬が急勾配の坂を駆け上がり、最後に高さ約2メートルの絶壁(土壁)を飛び越えることが求められます。5月4日に2回、5日に1回走行の機会が与えられます。この成否でその年の豊穣や地域の運勢を占います。
観覧と当日の雰囲気
祭り当日は大勢の参拝者や観光客で境内は賑わいます。坂の途中や絶壁前には観覧席が設けられ、騎手の駆け上がる瞬間は息を呑むような緊張感があります。早朝や開始直後は混雑が比較的少なく、良い場所が取りやすいです。伝統行事として神聖な雰囲気があるため、観覧マナーにも留意したいところです。
文化財としての意義と現代の課題:歴史と伝統を守るために
上げ馬神事は1978年に三重県の無形民俗文化財に指定されています。この指定は歴史的・文化的価値が全国的にも認められたことを示しており、保存・継承のための制度的枠組みが整っています。地域の誇りとして、また観光資源としても重要な位置を占める行事です。
一方で、近年は馬の脚の骨折や死亡事故など動物福祉と安全性に関する問題が指摘されています。令和5年には脚を骨折した馬が殺処分された事件があり、このことを受けて県教育委員会から神事の改善を促す勧告がなされました。これにより安全対策や馬の扱いについて見直しが進んでいます。
無形民俗文化財としての保護
無形民俗文化財の指定により、神事の形式や関係者の義務が法的・制度的に明確化されました。元々畑作文化と結びついていた祭りですが、この指定によって伝統の維持、記録の保存、地域での教育活動を通じた継承が図られるようになっています。
動物の福祉と安全性への配慮
馬の扱いに関しては、脚の骨折など事故が起きたことに対して非難や改訂の要求が高まっています。具体的には馬場の整備、暴力的な鞭使用の禁止、合意のもとでの馬の負荷軽減と速やかな医療対応などが求められており、関係者はこれらを神事の重みを保ちながら取り入れています。
保存の取り組みと地域社会の関与
地域に根差した祭礼である上げ馬神事は、地元の氏子、青年会、役員の協力なしには成立しません。祭りの前から準備が始まり、馬や騎手の練習、器具の手入れ、観覧区域の整備などが行われます。保存活動や資料展示を通じて歴史を学ぶ施設もあり、地域教育や観光振興とも連動しています。
観光視点で見る多度祭り 上げ馬神事の見どころ
上げ馬神事を訪れるなら、ただ迫力を観るだけではなく背景や意味、細部に目を向けることで印象が格段に変わります。観覧ポイント、服装、アクセス、周辺施設などを押さえて、祭りを最大限楽しめるように計画することが大切です。
見どころとなる瞬間
急坂を馬が駆け上がり、絶壁を越える瞬間は最も緊張感が高まるポイントです。特に5月4日の午前中や4日の2回目走行時、及び5日の最終走行は人の入りが最も多く、観覧場所の確保が難しいため早めの準備がおすすめです。
服装・持ち物のポイント
祭りは野外行事で人混みが予想されます。歩きやすく汗をかきにくい服装が適しており、晴れの日には日よけ対策も必要です。カメラや双眼鏡があれば馬の細かい表情がよく見えるでしょう。ただし撮影や観覧時には鳴き声や拍手など、馬や騎手を驚かせない配慮を忘れないでください。
アクセスと滞在のアドバイス
多度大社へは公共交通機関や車でアクセスできますが、祭り期間中は混み合うため時間に余裕を持って出発することが望ましいです。周辺には宿泊施設や飲食店がありますので、祭り全体をゆっくり楽しむための宿泊を検討するのも良いでしょう。
まとめ
多度祭りの上げ馬神事は、南北朝時代の創始から戦乱期の中断、徳川時代の復興と御厨制度の確立を経て伝承されてきた約700年の歴史を持つ伝統行事です。急な坂と絶壁を馬が駆け上がる様には、地域の豊穣と人々の願いが込められており、騎手と馬の競技的・儀礼的要素が調和しています。
現在では無形民俗文化財として法制度の下に保護される一方、動物福祉や安全性の課題が生じており、それらに対応するための改善策も進められています。その中で上げ馬神事は単なる観光行事ではなく、人と自然、過去と現在を結ぶ文化遺産です。
もしこの祭りを訪れるなら、見どころを押さえて、歴史や意味を理解して参加することで、深い感動を得ることができるでしょう。次の多度祭りでは、駆け上がる馬と騎手の勇姿、その背後にある人々の祈りの姿に心を託しながらご観覧を期待しています。
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